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福岡地方裁判所 平成8年(ワ)14号 判決

呼称

甲事件原告・乙事件被告(以下「原告」という。)

氏名又は名称

株式会社西日本教育社

住所又は居所

福岡県福岡市中央区渡辺通二丁目七番一四号

代理人弁護士

新道弘康

呼称

甲事件被告・乙事件原告(以下「被告」という。)

氏名又は名称

株式会社日能研

住所又は居所

神奈川県横浜市港北区新横浜二丁目一三番一二号

代理人弁護士

佐藤治隆

代理人弁護士

井上嘉久

代理人弁護士

小圷淳子

呼称

乙事件被告

氏名又は名称

株式会社中学受験研究祉

住所又は居所

福岡県福岡市中央区大名二丁目九番三五号

代理人弁護士

新道弘康

主文

一  甲事件について

原告の請求をいずれも棄却する。

二  乙事件について

原告及び乙事件被告は、学習塾の営業を行うに際し、「日能研」の名称及び別紙標章目録記載の標章を使用してはならない。

三  訴訟費用は、甲乙事件を通じて、原告及び乙事件被告の負担とする。

四  この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  甲事件について

1  被告は、原告に対し、昭和六二年一月二九日付け業務提携契約に基づき「日能研」の名称及び別紙標章目録記載の標章の使用を認め、教材及び用具を提供し、かつテスト結果についてコンピューター処理をせよ。

2  被告は、原告に対し、二億二〇〇〇万円及びこれに対する平成八年一月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  乙事件について

主文第二項と同旨

第二  事案の概要

一  事案の要旨

1  甲事件について

甲事件は、原告が被告の指導下において小学生のための中学受験予備校を開設する旨の昭和六二年一月二九日付け業務提携契約(以下「本件契約」という。)に関し、原告が被告に対して、▲1▼本件契約上の義務の履行として、前記第一・一1記載の行為を求めるとともに、▲2▼本件契約の債務不履行による損害賠償請求として損害二億二〇〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成八年一月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

2  乙事件について

乙事件は、被告が、原告及び乙事件被告(以下では両者を併せて「原告ら」という。)に対して、別紙商標権目録記載一の商標権(以下「本件A商標権」という)に基づき「日能研」の名称の使用禁止、同目録記載二の商標権(以下「本件B商標権」という)に基づき別紙標章目録記載の標章(以下「本件標章」という。)の使用禁止を求める事案である。

二  当事者の主張の概要

1  原告は、本件契約は、平成二年、平成五年及び平成八年の各一月二九日に以前と同一の条件で更新されたにもかかわらず、▲1▼被告は、前記第一・一1記載の行為等の本件契約上の義務の履行を怠っており、▲2▼被告の右債務不履行により、原告は、別紙損害目録記載の損害ほかの損害を被ったと主張する。

被告は、▲1▼原告の債務不履行を理由として、平成七年六月一日到達の内容証明郵便で本件契約を解除しており、▲2▼そうでないとしても、平成八年一月二八日の経過によって、本件契約は期間満了により終了したところ、▲3▼原告らは、学習塾の営業を行うに際し、本件契約により許諾されていた「日能研」の名称及び本件標章の使用を続けて、本件A商標権及び本件B商標権を侵害していると主張する。

2  これに対し、原告らは、▲1▼a被告の主張する債務不履行事由の一部には被告の承諾があり、b債務不履行による解除は、信義則に反するものであり、かつ、権利の濫用として許されず、▲2▼本件契約の更新拒絶は、正当な理由がない限り許されないところ、更新拒絶の正当理由はなかったと主張する。

三  前提事実

本件の前提となる、争いのない事実及び証拠により認められる事実(この場合は、<>内に認定に供した証拠を掲げた。)は、次のとおりである。

1  原告らは、いずれも学習塾の経営並びに指導等を目的とする株式会社であり、その代表者はいずれも肥川正嗣(以下「肥川」という。)である。

肥川は、学習塾の経営並びに指導等を目的とする株式会社福岡教育学院(以下「福岡教育学院」という。)、学習塾経営のフランチャイズチェーンシステムによる加盟店の募集及び指導業務等を目的とする株式会社明光ネットワーク九州の各代表取締役も務めている。<甲二、四>

2  被告は、進学教室の経営等を目的とする株式会社であり、「日能研」の名称を使用し、又は第三者に使用させて、関東、関西、九州等を対象地域として、中学受験予備校等の経営を行っている。

被告は、本件A商標権及び本件B商標権を有している。<乙一〇ないし一三>

3  昭和六二年一月二九日、被告は原告との間で、本件契約を締結した。

本件契約の契約書(甲一。以下「本件契約書」という。)には、概要、次のような定めがある。<甲一>

(一) 被告は、本件契約の各条項を遵守することを条件として、原告が本件契約の期間中、「日能研」の名称及び被告が指定するマークを福岡市中央区大名二丁目九番二九号第二プリンスビル四階において使用することを認める(一条)。

(二) 原告は、被告の教育方針に準拠して生徒を教育指導するものとし、被告の名声、信用の保持に努めなければならない(二条)。

(三) 原告は、被告以外の同業の第三者と中学受験に関する業務について提携関係を結んだりその傘下に入ってはならない(三条)。

(四) 原告は被告から提供を受けたカリキュラムに基づき授業等を実施する(四条)。

(五) 被告は、原告に対し、使用する教材を指示し、原告は、教材を非市販品も含めてすべて被告から購入し、教材の価格については被告の設定した価格によるものとする(五条)。

(六) テストの採点については原告は自らこれを行い、得点票を被告に送付するものとし、被告は送付を受けた得点票に基づきコンピューター処理してその結果を原告に通知する(六条)。

(七) 被告は、原告に対して宣伝に関する情報を提供し、宣伝についての指導を行う(九条)。

(八) 原告は、看板・ロゴ類及び腕章等については被告から指示を受けたもの以外は使用してはならない(一一条)。

(九) 契約期間は、契約締結後三年間とし、期間満了六か月前までに当事者のいずれかによる書面による申出がない限り更に同条件で三年間更新するものとし、以後も同様とする(一九条)。

4  本件契約の締結後、原告は、その傘下にある乙事件被告に対し、現実の運営を任せ、乙事件被告は、福岡市中央区大名二ー九ー三五ノアーズアーク天神三階において日能研福岡校の名称で中学受験予備校(以下「日能研福岡校」の様にいう。)を開設(移転)し、その後、福岡市南区塩原三ー一七ー七サンシャインシティビル大橋一、二階で日能研大橋校の名称で中学受験予備校を開設した。

被告は、乙事件被告の代表者が原告の代表者と同一であることからして、乙事件被告が本件契約に基づき現実の運営をすることについて黙示の承諾をし、右二教室の開設も承諾した。

5  本件契約は、平成二年一月二九日及び平成五年一月二九日に同一の条件で更新された。

6  平成六年一〇月二五日、被告は、福岡簡易裁判所に対し、原告らを相手方として調停(福岡簡易裁判所平成六年(メ)第七〇号として係属。以下「本件調停」という。)の申立てを書面により行い、本件契約の更新をしない旨の申出をして、本件契約の契約期間が終了する平成八年一月二九日以降、「日能研」の名称及び被告が指定したマーク、看板及びロゴ類の使用禁止を求めたが、平成七年四月二〇日、本件調停は、不調に終わった。

7  平成六年一二月、被告は、福岡県久留米市において、日能研久留米校の名称で中学受験予備校を開設した。

8  平成七年五月、原告は、トップ・Nの名称を用いた本件契約に基づかない中学受験予備校として、福岡市東区香椎駅前二ー五ー一ノイエスビルに香椎校を、同市中央区六本松二ー三ー三MIビルに六本松校を、福岡県筑紫野市大字二日市九四七ー一 二日市プラザビルにおいて二日市校を開設した。

トップ・Nのカリキュラムは被告のカリキュラムに依拠するものではなく、広告宣伝に用いられた宣伝文及び看板・ロゴ類は、被告の指示によるものではない。

9  被告は、原告に対し、平成七年六月一日到達の内容証明郵便で、本件契約を原告の債務不履行により解除する旨の意思表示をした(以下「本件解除」という。)。

四  主要な争点

1  本件解除により本件契約が解除されたか。

(一) 被告の主張

(1) 原告には、次のとおり、本件契約の要素たる債務の不履行があったので、本件解除により、本件契約は解除された。

ア 被告が、原告らに「日能研」の名称及びマークの使用を許諾しているのは、日能研福岡校及び大橋校の二校のみであるにもかかわらず、平成七年五月ころ、原告は、トップ・Nの香椎校、六本松校及び二日市校を開設するに当たって、「日能研」の名称及び本件標章を用いて宣伝広告を行い、テスト及び夏期講習を行った。

イ 原告は、小学生のための中学受験予備校を開設するに当たり、次のような義務を負っていたにもかかわらず、次のとおりこれを怠った。

a 被告の教育方針に準拠して生徒を教育指導し、被告から提供を受けたカリキュラムに基づき授業等を実施する義務があったにもかかわらず、前記三8のとおり、被告のカリキュラムに依拠しないトップ・Nのカリキュラムを用いた。

b 被告の宣伝についての指導に従う義務があったにもかかわらず、前記三8のとおり、被告の指示によらない宣伝文を広告に用いた。

c 看板及びロゴ類については被告から指示を受けたもの以外は使用してはならない義務を負うにもかかわらず、前記三8のとおり、トップ・Nのロゴを使用した。

ウ 原告は、被告の許諾なしに、被告が提供した教材を福岡教育学院の開設するNコースに流用し、その生徒に「日能研」のIDカードを無断で交付した。

(2) 後記(二)(2)アのaないしdの事実に対する被告の反論は、左記アないしエのとおりである。

ア 被告では、本件契約の契約期間終了後に福岡市に新たな教室を開設することを内部で検討していたが、そのこと自体は何ら被告の本件契約上の義務に反するものではなかった。

イ 本件契約は、福岡県内における原告の商圏を保障したものではなく、被告の個別の承諾の上、「日能研」の名称を用いた中学受験予備校の開設を認めるものであるから、本件契約に基づき開設を許されていた日能研福岡校及び大橋校のある福岡市から離れた久留米市に日能研久留米校を開設することは被告の本件契約上の義務に反するものではなかった。

ウ 日能研ジュニアは、被告が運営する通信教育であり、本件契約とは無関係である。

エ 本件解除以前には、被告は、本件契約に従って、原告に対する教材の送付、生徒のテスト結果のコンピューター処理を行っていた。

(二) 原告らの主張

(1) 債務不履行について

ア 前記(一)アのトップ・Nの香椎校、六本松校及び二日市校を開設するに当たって、「日能研」の名称を用いたことはなかった。

イ 前記(一)ウのNコースでの教材の使用及びIDカードの配付については、平成三年秋ころに、被告の承諾を得た。

(2) 信義則違反又は権利の濫用

ア 被告には、本件解除前に、左記aないしdのとおり、本件契約の債務不履行があった。

a 本件契約期間中である平成五年ないし平成六年ころ、被告は、福岡市に自ら日能研福岡校を開設する方針を決定し、その準備行為をした。

b 本件契約は、福岡県内における原告の商圏を保障したものであるにもかかわらず、前記三7のとおり、平成六年一二月、被告は、福岡県久留米市において、日能研久留米校を開設した。

c 平成七年三月ころ、被告は、日能研ジュニアのパンフレットから原告の開設する日能研福岡校及び大橋校の記載を削除した。

d 被告は、本件契約で定められた原告に対する教材の送付、生徒のテスト結果のコンピューター処理を停止した。

イ また、平成五年ないし平成六年ころ、被告は、福岡市に日能研福岡校を開設する方針を決定し、本件契約については、正当な理由がなければ更新を拒絶することが許されないところ、被告は、更新拒絶について正当な理由がないにもかかわらず、前記第二・三6のとおり、平成六年一〇月二五日に調停を申し立て、真摯な交渉もせずに調停を不調とした。

ウ 前記(一)(1)ア及びイの行為は、右ア及びイの被告の行為に対する正当防衛ないし緊急避難的な原告の企業防衛行為であるから、被告が、これを理由として本件解除をすることは、信義則違反又は権利の濫用として許されない。

2  被告に本件契約上の債務不履行があったか。

(一) 原告らの主張

被告には、本件解除前、前記1(二)(2)アaないしdのとおりの債務不履行があり、本件解除後は、右以外に前記第一・一1の行為を怠った。

(二) 被告の主張

前記1(二)(2)アaないしdの事実に対する反論は、前記1(一)▲2▼のとおりであり、本件解除後の債務不履行の主張は争う。

3  原告らが、本件A商標権及び本件B商標権を侵害しているか、また、侵害するおそれがあるか。

(一) 被告の主張

原告らは、「日能研」の名称を本件A商標権の指定役務と同一の学習塾の営業に使用しているが、これは具体的表示の態様にかかわらず本件A商標権と称呼・観念が同一となり、本件A商標権の商標と同一又は類似の商標を使用するものとして、本件A商標権を侵害する行為となる。

また、原告らは本件標章を本件B商標権の指定役務と同一の学習塾の営業に使用しているが、これは、本件B商標権の商標と同一又は類似の商標を使用するものとして、本件B商標権を侵害する行為となる。

(二) 原告らの主張

被告の主張は否認ないし争う。

五  その他の争点

1  本件契約が平成八年一月二八日の経過によって終了したか。

2  被告の本件契約上の債務不履行によって原告に生じた損害の額

第三  当裁判所の判断

一  本件の経緯について、前記第二・三記載の事実、証拠(甲一ないし四、六、八ないし一一、一二の1、2、一三、三二、七〇、七二、乙二、三、四の1、2、八、二〇、二一の一、2、二二、二三の1、2、二四、二五の1、2、二六、二七、二八の1、2、三三、証人横田政則、原告ら代表者)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(なお、<>内には認定事実に直接関係する証拠(ただし、証拠(甲三二、七二、乙三三、証人横田政則、原告ら代表者)は除く。)を摘示した。)

1  被告は、高木知巳が昭和二八年四月一日に小学生のための学習塾を開設したことに始まり、昭和四八年一月五日に株式会社日本能率進学研究会の商号で設立された中学受験予備校を開設する株式会社であり、昭和五〇年代初めには、「日能研」という略称を用いるようになって、平成五年四月三〇日に現在の商号に変更をした。<乙二七>

2  肥川は、昭和五〇年ごろから、福岡市において、中学受験、高校受験、個別指導の学習塾を開設していたが、昭和五八年二月一〇日、法人成りして原告及び福岡教育学院を設立した。<甲二>

その後、福岡教育学院が学習塾の経営や教材、図書の製作、販売等現場の業務を取り扱い、原告が学習塾経営に伴う監督管理、経理等の業務を分担するようになった。

3  昭和六二年一月二九日、被告は原告との間で、本件契約を締結した。

当時、被告は、全国的に営業地域を拡大することを目指していたもので、本件契約は、被告にとって九州における拠点作りとしての意味を有していたところ、右契約の締結に当たり、被告の担当者は、肥川に対し、被告と提携するに際しては、福岡教育学院の開設する学習塾とは分けて事業を行い、外部の者には、被告自身が営業しているように見え、業務提携によるものであることが分からないようにすることを求めていた。

本件契約の締結後、原告は、その傘下にある乙事件被告(同年二月二四日設立)に対して現実の運営を任せ、乙事件被告は、日能研福岡校を開設し、被告は、乙事件被告の代表者が原告の代表者と同一であることから、乙事件被告が本件契約に基づき現実的な運営をすることを承諾した。<甲三、二七>

4  平成元年五月一八日、原告は、学習塾である明光義塾及び明光ゼミナールのフランチャイザーである株式会社明光ネットワークジャパンとの間で代理店契約を締結し、福岡教育学院は、原告の保証人となった。<甲六>

5  平成二年一月二九日、本件契約は同一の条件で更新された。

同年九月二〇日及び同月二二日、原告は、西日本新聞に、求人広告を出したが、その広告中に、西日本教育社グループとして、福岡教育学院、日能研福岡及び明光義塾を併記したため、被告は、原告に対し、本件契約に反するとして注意をしたことがあった。<乙四の1、2>

6  平成三年ないし平成四年初めころ、福岡教育学院は、日能研のカリキュラムに準拠する中学受験のための学習塾として、Nコースを開設し、同年二月ころには、被告の方でも右事実を知った。<甲八>

右のNコースの生徒に対しては、原告の開設する日能研福岡校ないしその後開設される日能研大橋校の外部生としての日能研のIDカードが福岡教育学院から交付されてきた。<乙三六の1ないし3>

7  同年七月ころ、原告は被告の承諾を得て、日能研大橋校を開設し、乙事件被告に現実の運営を任せた。

8  平成五年一月二九日、本件契約は同一の条件で更新された。

同年一二月ころ、原告は、被告に対し、福岡で三校目の教室を開設したいと申し入れたが、被告はこれを拒絶した。

9  平成六年六月一七日から同年七月二七日の間、被告の専務取締役である横田政則(以下「横田」という。)は、五回にわたって肥川と面談し、本件契約の提携の解消を申し入れるとともに、福岡市に被告自ら「日能研」の名称を用いた中学受験予備校を開設する予定であると告げた。

しかし、話合いは成立せず、肥川が同年八月八日付けで横田あてに調停による話合いを求める手紙を出したこともあって、同年一〇月二五日、被告は、福岡簡易裁判所に対し、原告らを相手方とする本件調停を申し立てた。調停申立書では、被告と原告の信頼関係に不安を感じる理由として、原告と明光義塾に提携関係があること、被告が原告に提供した情報等が日能研福岡校及び大橋校以外にも用いられていること、本件契約に合致しない方法による宣伝がされたことが指摘されている。<甲九、乙八>、

10  本件調停の期日は四回開かれ、互いに調停案のやりとりがされたが、平成七年四月二〇日、不調に終わった。その間、被告は、平成六年一二月に久留米市において、日能研久留米校を開設した。<甲九ないし一一、一二の1、2。一三>

11  平成七年四月二三日、被告は、日能研の名称及び本件標章を用いて、同年五月七日に行われる中学受験公開模試の会場として香椎会場、六本松会場及び二日市会場を新設する旨の広告を西日本新聞に掲載した。<乙二二>

12  同年五月、原告は、本件契約に基づかない中学受験予備校としてトップ・N香椎校、六本松校及び二日市校(前記11の公開模試会場とそれぞれ同一の場所にある。)を開設し、実際の運営を乙事件被告に任せた。

同月三日、原告は、西日本新聞に新たにトップ・Nを開設する旨の広告を掲載したが、右広告には「日能研」ないし「日能研福岡本部」の名称及び本件標章が用いられており、「トップ・Nは、従来の日能研の教材や学習システムは、もちろんのことそれに加え熟練の教務スタッフが8年の歳月をかけて完成した「地元難関校専用システム」を加え、グレードアップします。」との記載がある。<乙二〇>

また、そのころ原告が配付したトップNの宣伝広告(チラシ)にも、前記のトップ・Nの新聞広告と同様に「日能研」の名称及び本件標章が用いられている。<乙二一の1、2>

原告は、トップ・Nの開設並びにそれに伴う「日能研」の名称及び本件標章の使用について、被告の承諾を得ていない。

13  被告は、原告に対し、同年六月一日到達の内容証明郵便で、前記第二・四1(一)(1)アないしウの事由を理由に本件解除をした。

しかし、同日以降も、原告に対し、右当時、日能研福岡校ないし大橋校に在籍していた生徒数に相当する分の教材一期分については、送付を続けた。<乙一七>

14  本件解除後も、原告は、従来の日能研福岡校及び大橋校並びにトップ・N香椎校、六本松校及び二日市校の運営を乙事件被告に行わせるに際し、教室の建物の外側に「日能研」の名称及び本件標章を付しており、その新聞広告及び宣伝広告(チラシ)にも、「トップ・N日能研」等として「日能研」の名称及び本件標章を記載していた。<乙二三の1、2、二四、二五の12、二六>

しかし、その後、乙事件被告は、平成九年一二月三一日までに、右各事業を原告(ないしその傘下の福岡教育学院)に移管した。<甲七〇>

二  争点1に対する判断

1  まず、前記第二・四1(一)(1)の債務不履行事由について検討する。

(一) 本件標章は、被告が平成四年以前から使用していた本件B商標権に係る登録商標の一部であって、これと同一か類似しているということができるから(甲七、一四ないし一六、乙一〇、一三)、前記第二・三3(一)にいう被告が指定するマークに該当することは明らかである。

(二) 前記一12のとおり、原告は、本件契約に基づかない中学受験予備校としてトップ・N香椎校、六本松校及び二日市校を開設するに当たって、被告の承諾を得ずに、新聞広告及び宣伝広告に「日能研」の名称及び本件標章を用いており、右事実によれば、原告は右各校を開設するに当たり、日能研の名称及び本件標章を商標として用いてトップ・Nが被告と関係するとの内容の宣伝広告をしたものと認められる。

ところで、前記第二・三3(一)及び4のとおり、本件契約上、原告が「日能研」の名称及び本件標章を用いるのが許されるのは、日能研福岡校及び大橋校のみであったから、原告は、「日能研」の名称及び本件標章の使用に関する本件契約上の基本的義務に反したものというべきである。

そして、原告の右債務不履行は、それ自身で本件契約の重大な要素たる債務の不履行であり、「日能研」の名称等の知名度、信頼度をその無形の財産とする被告との信頼関係を破壊するに足りる行為と認められる(証人横田政則)から、前記第二・四1(一)(1)イ及びウの債務不履行事由の存否の判断に入るまでもなく、本件解除により、本件契約は解除されたものというべきである。

2  そこで、被告の本件解除が信義則違反又は権利の濫用として許されないものであるかを検討する。

(一) この点について、原告らは、▲1▼被告には、前記第二・四1(二)(2)アaないしdのとおり、本件解除前に、本件契約の債務不履行があり、▲2▼被告は、福岡市に日能研福岡校を開設する方針を決定し、本件契約は正当な理由なしに更新を拒絶することができないにもかかわらず、正当な理由なしに原告に更新拒絶の方針を告げ、真摯な交渉もせずに調停を不調としたから、原告の前記債務不履行は正当防衛ないし緊急避難的な企業防衛行為であって、被告が、これを理由として本件解除をすることは、信義則違反又は権利の濫用として許されないと主張する。

(二) まず、前記第二・四1(二)(2)アaないしdの主張について検討する。

(1) 福岡市内の新教室開設について

前記一9の事実、証拠(甲一七、乙三三、証人横田政則)及び弁論の全趣旨によれば、平成六年六月一七日から同年七月二七日の間、横田が肥川と面談し、本件契約の解消を申し入れた際に、被告としては、本件契約が平成八年一月二八日に期間満了によって終了した後、福岡市内に新たな教室を開設する予定であると告げ、そのころから右開設を内部で検討していたものの、具体的な準備には至っていなかったこと、被告が本件解除をする前に右検討内容を外部に発表したことはなかったことが認められる。

そうすると、被告の福岡市内での新教室開設に関する右行為は、本件契約の条文上の債務不履行でないのはもちろん、信義則の観点からも本件契約上の義務違反ということはできない。

(2) 日能研久留米校の開設について

本件契約書(甲一)には、福岡県内において日能研の中学受験予備校を開設できるのが原告のみであると解される条項は一切なく、実際にも、前記一3、7のとおり、原告は、被告の個別の承諾に基づいて福岡市に「日能研」の名称を付した中学受験予備校を開設していたのであるから、本件契約が福岡県内における原告の商圏を保障する趣旨を含んでいたとは認められない。

この点について、肥川は、その代表者尋問において、被告が久留米市に教室を開設するのは、本件契約に照らし許されないという趣旨の供述をするが、本件契約の解釈に関する独自の意見をいうものにすぎず、これを採用することはできない。

そうすると、本件契約上、被告に原告が開設した日能研福岡校及び大橋校のある福岡市から離れた久留米市(西鉄福岡駅から西鉄久留米駅まで特急電車で三〇分程度を要することは福岡市近辺では公知の事実である。)に日能研の中学受験予備校を開設してはならない義務があったということはできず、被告が日能研久留米校を開設したことが本件契約上の債務不履行に当たるとはいえない。

(3) 日能研ジュニアのパンフレットについて

平成七年三月ころ、被告が日能研ジュニアのパンフレットから原告の開設する日能研福岡校及び大橋校の記載を削除したことを認めるに足りる証拠はなく、仮に右事実が認められるとしても、弁論の全趣旨によれば、日能研ジュニアは、被告が直接運営する小学校二、三年生向けの通信教育てあり、中学受験予備校ではないことが認められるので、そのことをもって、被告に本件契約上の債務不履行があったということはできない。

(4) 教材の送付及び生徒のテスト結果のコンピューター処理について

証拠(乙三三、証人横田政則、原告ら代表者)及び弁論の全趣旨によれば、本件解除前には、被告は、本件契約に定められた原告に対する教材の送付、生徒のテストのコンピューター処理を怠ることなく履行していたことが認められる。

そうすると、本件解除前に被告に本件契約上の債務不履行があったことを前提として、本件解除が信義則違反又は権利の濫用として許されないとする原告らの前記(一)▲1▼の主張は採用できない。

(三) さらに、前記第二・三3(九)のとおり、本件契約書(甲一)には、契約期間は、契約締結後三年間とし、期間満了六か月前までに当事者のいずれかによる書面による申出がない限り更に同条件で三年間更新するものとする旨の定めがあるが、契約当事者の更新しない旨の申出の理由についての制限は定められておらず、契約当事者の更新しない旨の申出に正当な理由が必要であるとは認められない。

また、仮に、本件契約において契約当事者の更新しない旨の申出に何らかの正当な理由が必要であり、かつ、原告から見て被告が真摯な交渉をせずに本件調停を不調にしたものであったとしても、前記二1(二)のとおり、原告の債務不履行は、本件契約における極めて重大な債務の不履行であるといわざるを得ないから、被告の更新しない旨の申出に正当な理由があったかどうかにかかわらず、本件解除が信義則違反又は権利の濫用として許されないものということはできず、原告らの前記(一)▲2▼の主張を採用することはできない。

右の判断を覆すに足りる訴訟資料はない。

(五) したがって、本件解除が信義則違反又は権利の濫用として許されないということはできない。

三  争点2に対する判断

本件契約が本件解除により解除されており、右解除前に被告の債務不履行を認めることができないのは、前記二2(二)で認定判断したとおりである。

四  争点3に対する判断

1  前記一14に認定したところがらすると、原告は、「日能研」の名称及び本件標章を、本件A商標権及び本件B商標権の各指定役務中、知識の教授に該当する、日能研福岡校(原告経営)及び大橋校並びにトップ・N香椎校、六本松校及び二日市校等学習塾の営業を行うについて、いずれも商標として使用しているものと認められる。

そして、原告の「日能研」の名称の商標としての使用は、具体的表示の態様にかかわらず本件A商標権に係る登録商標と同一又は類似の商標を使用するものとして、本件A商標権を侵害する行為であり、原告の本件標章の商標としての使用は、前記二1(一)のとおり、本件B商標権に係る登録商標と同一ないし類似の商標を使用するものとして、本件B商標権を侵害する行為であるというべきである。

2  また、前記一14のとおり、乙事件被告は、平成九年一二月三一日までに、前記1の各事業を原告に移管しており、現在、乙事件被告が本件A商標権ないし本件B商標権を侵害しているとは認められないが、前記一に認定した経緯を考慮すれば、乙事件被告についても、原告と同様に、「日能研」の名称及び本件標章を使用して、本件A商標権及び本件B商標権を原告と同様に侵害するおそれがあるものというべきである。

第四  結論

以上によれば、▲1▼本件契約は、被告の本件解除によって解除されたものであり、右時点以前に本件契約について被告の債務不履行があったということはできないから、その余の点を判断するまでもなく、原告の被告に対する請求はいずれも理由がなく、▲2▼原告らは、本件A商標権及び本件B商標権を侵害しているか、又は、侵害するおそれがあるから、被告の原告らに対する請求は、いずれも理由がある。

(平成一〇年九月二五日口頭弁論終結)

(裁判長裁判官 田中哲郎 裁判官 武田美和子 裁判官 奥山豪)

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